ぶるんねん文庫

　
　菫の野原。庭ではない。

　・・・と言うか、斜面だな。

　一面菫

　雑草の中で、負けてない

　こんなに元気なんて、

　ウチの庭と、どう違うんだ

　条件は、大差ないはず・・・


　　　Ｔｈｅ　Ｓｏｎｇ　ｏｆ　Ｗｉｎｄ　（２０３）

　太陽宮内には、ファーゴ参謀長が、失脚出奔しても、

他に、数多の、お抱え魔術師や法術師が、存在する。

　世界最大の魔術師、アナトス・リグストラムの娘とはいえ、

この宮廷内から、直接魔術で、バルツァードへ逃避するのが、

どれ程困難な事かは、自ずと知れる。

　ミリカが、傍らに寄り添った。

　「おばあさま、サフィールに帰るの？」

　アルナス后は、絹のリボンで結った、柔らかな巻き毛の

小さな頭を撫でた。

　暫くの間に、ミリカは、小さな姫君になっていた。

　「ええ、帰るのですよ。懐かしいサフィールへ。

　　ミリカの生まれた町、私が花嫁となった町へ・・・」

　「時が移ります。参りましょう。」

　マヤリス妃が、アルナス后の感傷を断ち切った。

　太陽宮の結界が、丁度途切れている、今が、その時なのだろう。

　胸元に、不思議な形に手を組み、小さく呪文を唱える。

　と、マヤリスの身体は、端から、紐のように解けた。

　ミリカが驚いて、叫びそうになる。アルナス后は、

自分も驚きながら、ミリカを宥めて、強く抱きしめた。

　紐は、更に解けて糸となり、渦を巻きながら更に解け、

細く見えなくなり、代わりに、部屋の真ん中に、

　小さなつむじ風が現れた。

　突然、勝手に窓が開いた。

　つむじ風は、二人を中心に巻き込むと、物凄い勢いで、

窓から飛び出した。その次の瞬間、つむじ風は、

赤い尾を長く引いた、巨鳥の姿となった。

　そしてそのまま、北の空へと、飛び去って行った。

　その背には、アルナス后が、小さなミリカと共に、

しっかりと、しがみ付いている。

　
　遠く離れた町の、街道で、旅人の一行に、

奇妙な異変が、起こっていた。

　「セヴィリス！馬車を止めて！

　　ユリシアが、おかしいねん！」

　シシィの声に、慌てて手綱を引き、馬の歩みを止め、

箱馬車の扉を開けたセヴィリスは、ありえない光景に、

目を丸くした。狭い床に、白髪を散らして、細い少女が、

胸を抑えて、もがいている。

　「ユリシア！どうした！」

　騎馬の、ジャドゥビスとケルビンも、駆け寄った。

　ケルビンが、落ち着かせようと、その手を取り、驚いた。

　「石化している・・・ありえない、風の精霊が、石化するなんて。」

　もう一方の手を取ったセヴィリスも、愕然とした。

　「確かに石化・・・それに、冷たい。熱を失っている。

　　何かに、熱を吸い取られているようだ。」

　「石が・・・」

　ユリシアが、固まり行く唇を、必死に動かし、声を絞り出した。

　「・・・石が、風になった・・・風の力を奪って・・・」

　「何？」

　ケルビンが聞き返した。が、もうその時には、ユリシアの、

白い姿は、石と言うより、氷のように、冷たく硬くなっていた。

　　　　　　　　　　　　　　続く

　栗本薫さんが、ご自分の事を、「辻褄合わせの名人」と、書かれてましたが、

さあの、「辻褄合わせ」も、半端じゃない。

　一行を、どうやって、北へ向かわせるか。ソルダムを、一行から外したから、

　オリザ姫とジャドゥビスが、北へ向かう理由が、薄くなってしまっている。

悩んでいたら、マヤリス妃が動いた。

　この旋風、さあの、脳内に自然発生して、同時に、ユリシアが倒れた。

　信じられない。辻褄が合ってきた。一行は、再び聖域へ向かいます。

　・・・と言う訳で、また次回へ。今日もお越し下さって、ありがとうございました。