2013年04月06日

風の歌 326



    The Song of Wind (326)

 「また、峠に行かれてたの?一人で、雪の峠道は危ないわ。

  誰か、連れて行かないと・・・あなたに何かあったら、

  オヴィディオ陛下に、言い訳が立たないではありませんか。」

 マルヴィッツ夫人は、ソルダムにこじ付けはしたが、心底、

心配していたのだろう。居間の、お茶の支度の整ったテーブルを、

背にして、立ち尽くしたまま、ユリシアを待っていて、その白い姿を、

安堵の溜め息とともに迎えると、冷たい手を、自らの両手に取り、

母親のするように、息を吹きかけたり、擦って暖めようとした。

 間髪を入れずに、熱いお茶が運ばれて来たのも、夫人が、

あらかじめ、その様に言い付けてあったのだろう。

 普通に食事をする、とは言っても、常人に比べて、その量は少ない。

 マルヴィッツ夫人は、ユリシアの正体を聞かされてはいたが、

彼女の人外の力を、目にした事がないので、つい、あれこれと、

衣食に気を使う。今も、温かな蒸し菓子を、手ずから大きく切り分け、

困ったように目を見開いているユリシアに、無理に勧めたりする。

 「昨日も今日も、峠に・・・あそこに何かあるの?」

 「何か・・・と言う訳では・・・ただ・・・」

 ユリシアは、言葉を途切らせた。

 ユリシア自身、なぜ、峠に出掛けたくなるのか、分かっていない。

 ・・・シシィがいない・・・

 それはユリシアにとって、この世との接点が、消滅する事である。

 ユリシアは、シシィの生存を、感じてはいる。

 だが、セヴィリスも、父親のケルビンでさえも、その存在を、

感知できない。・・・生死を、ではない。存在を、である。

 死者は、かつて生存していた残像を、この世に残すという。

 この世への執着が強ければ、念が凝って、死後暫くは、

生者のごとく、姿形を持って、振舞う事もあるという。

 だが、シシィの場合、それも無い。

 この世の、どこかに居るとも、どこかで死したともつかぬ。

 文字通りの、『消滅』である。

 ・・・それでも・・・

 シシィは生きている、と、ユリシアは感じる。

 手を伸ばせば、届くほどの所に、振り返れば、真後ろに、

きっと何時もの、顔いっぱいの微笑を、浮かべて立っていると、

感じ続けている。

 だが、シシィはいない。

 シシィの歌が、ユリシアの存在を形作っている、と、神官達が言う。

 それはシシィが、ユリシアを念において、歌っているか、と言う事だ。

 シシィはいつも、今でさえも、歌っている。

 ユリシアは、それを感じている。だがその心に、ユリシアがいない。

 ・・・シシィ!私を思い出して!・・・

 ユリシアの呼び掛けは、虚しい。現世で、何の力も発揮できない。


 夜明け前の、凍てつく峠道を、ユリシアの白い姿が下った。

 ポルトラーカ山の麓の村は、押し寄せたサフィール湖の水に浸かり、

高台の家々の屋根を、不気味な水霊のように、浮かべている。

 白髪の少女の、亡霊のような姿は、水際を伝い、次第に、

新たに現れた火山・・・

 サフィール火山と、人々は呼び始めている・・・へと、近付いて行った。

                     続く


  ちょっと、トラブル発生!!・・・あやたちゃんが・・・大変な事に・・・

  暫く不定期になるかも・・・でも続けます。完結へむけて、必死のGOですので。

 今日も、お越し下さって、ありがとうございました。


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Posted by さあちゃん at 08:29│Comments(0)ファンタジー
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