ぶるんねん文庫

　蒼ざめた夕暮れ空に、残照を受けて輝く桜花。

　地上には、夜の気配。その中で、輝く一枝。

　まだ・・・まだ闇の支配を受けはしない。

　いましばらく、輝き続ける。














　　　　　Ｔｈｅ　　Ｓｏｎｇ　　ｏｆ　　Ｗｉｎｄ　　（５４）

　朝の潮風に、日除けヴェールから、金色の解れ髪をなびかせて

オリザ姫は、舟遊びの姫君、そのものにしか見えない。

　付き添っている二人が、ここしばらくの外働きのせいで、

浅黒く日焼けしているから、なおの事、姫の色白は目立つ。

　「あの・・・、本当に王様ですの？あの北国の？」

　やや大きめの漁船に、こぎ手を雇い、片道の約束で

墓陵島までの行き道に、オリザ姫は、ソルダム自身に、

好奇心をそそられた様だった。

　「ええ・・・少し前までは・・・」

　「姫様、どうしてそんな事を、お聞きになりますの？」

　歯切れの悪いソルダムに比べると、ドリスは、

慣れた人物には、単刀直入だ。

　「だって、漁師さん達みたいに、日焼けしてらっしゃるんですもの。」

　くすくすと、小さく笑いながら、オリザ姫はそう言ったが、

ソルダムは、朝日に煌めく波間に落とした視線を、戻そうとせず、

口ごもりながら、短く答えるだけだった。

　「春先から、ほとんど外歩きでしたから・・・」

　外で何を？とは、さすがの姫も聞けなかった。

　バルツァードの悲劇を、余さず知っている訳ではなかったが、

ソルダムの横顔には、それ以上触れられたくない雰囲気が、

色濃く現れていた。シシィにもそうだったが、ソルダムの、

無口は、少し度を越している。

　女達二人は諦めて、二人だけの会話に入って行った。

　ソルダムは、白く泡立つ波頭を凝視しながら、古い記憶を

呼び戻そうと試みていた。


　不凍のサフィール湖と、その畔の古都サフィール。

　かつて王の居城は、サフィール湖の岸近くにあったが、

東西の隣国が、領土拡大の戦を繰り返す中、

守りにも攻めにも、あまりにも不向きな平城であった為に、

時の王が市中の高台に、新城を築いた。

　それが、いまのサフィール城だ。

　旧サフィール城は、サフィール神殿となり、神々の祭られる

聖地となった。ソルダムは、まだ幼い王子の頃、

病弱だった父王が、快癒を願って神殿に詣でる折に、

しばしば同行したものだった。

　その時に、父王の世話係りだったのが、

神官ニグ・エウビュコスである。ニグは、気さくで話しやすい人物だった。

　長じて後、ソルダムが一人で、神殿に出かけると、いつもどこからか

現れて、付かず離れず見守ってくれた。

　神官は、魔力を持つ。自身で制御できず、周りに疎まれて、

神官を志す者が多い。魔術師として、独り立ちできる者は、

稀有の存在と言っていい。

　傷心を抱えた神官達は、気難しい者が多いのだが、

ニグは、人が出来ていた。父王も気に入っていたのだろう。

　亡くなる少し前、国境のガラノデルム大神殿の、神殿長の

席が空いた。神官である必要の無い神殿長は、貴族の名誉職だが、

父王は、ニグを神殿長にさせた。四年前の事である。

　
　記憶の時計を少し戻す。まだ、父王の付き添いで、

サフィール神殿を訪れていた頃の事だ。

　ニグも傍にいず、ふと、一人きりにされた。

　いたずら盛りの少年は、じっとしている訳はなく、

さっさと神殿内の探検に、出かけてしまった。

　その時、奥まった一角に入り込んだソルダムは、

黒い石に囲まれた、奇妙な部屋を見たのだった。

　いや、実際、そこに入り、部屋中をいじくり回し、

中央の四角い石の台座に、よじ登ったりもした。

　そこから先の記憶が、少し途切れるのだが、どういうわけか、

真っ白な石造りの部屋に、ソルダムはいたのだ。

　部屋の中央には、普通の大人なら、四人ほどが、

余裕で座れるほどの、巨大な玉座があり、その背凭れは、

九人の神々のレリーフで埋め尽くされていた。

　その玉座にも、よじ登ろうとした時、どこからか現れたニグに、

見つかり、連れ出され、控えの間に戻されてしまったのだ。

　その時、ニグはソルダムに、なぜか、白い石の玉座の間の事を、

人に話してはいけないと、口止めしたのである。

　ソルダムは、以後、誰にも話さず、自身も忘れ果てていた。

　　　　　　　　　　続く
　
　幼い日のオヴィディオ王子。

　可愛かっただろうな・・・

　追々、皆の幼少期とか、出てきます。

　ケルビンは・・・やめとこう。時代考証がやっかいだ。

　１６８歳なんて、・・・１６８って、どこから持ってきた数字なんでしょ

　これも、パズルの１ピースです。

　　　　では、また次回。（『じかい』って打つと、『自戒』って出る。なんで？）

　　　　　　　きょうも、お越し下さって、ありがとうございました。