2013年08月08日

8月6日の話


 まるねこ娘は、バイトとお絵かきをしてない時は、パソコンをいじっている。

 そうでなければ、食べるか寝るか。オカンと喋るか。

 この時期だから、ヒロシマの話題も出る。

 「ネットで見たんだけど、原爆の時さぁ、火傷のひどい人に、

  水を飲ますと、すぐ死ぬって言われたけど、あんまり酷くって、

  飲まさずにいられなかった人がね、ある男の人に、飲ませてあげたら、

  もう、全身大火傷で、全然身動きできなかった人がね、

  突然、むくって、起き上がってね、水飲ませてくれた人に、

  手、合わせて拝んだんだって。」

 さあは、その話を、子供達にした覚えがあったから、

 「そりゃ、私が、あんたらに、昔話したお話。」

 と、言った。まるねこは、きょとんとした。

 「お水をあげた人は、島薫って人。私の行ってた女子高校の、

  理事長先生。私は、直に、その先生から、その話を聞いたの。」

 まるねこは、反論した。

 「だって、ネットで流れてるよ。」

 「別に不思議は無いよ。毎年、同じ話、なさっただろうから。

  聞いた事ある人は、同窓生にいっぱいいるよ。

  その人達が、私みたいに、子供達に話せば、ネットにも載るよ。」

 まるねこは、びっくりしていた。

 大体、ネットで流れる話なんて、出所不明、真偽不明な物と、

 相場が決まっているのに、よもや、家族が、その確実な出所を

 知っているなんて、滅多に無い事なのだ。

 しかも、確実に真実だと言う、保証つきである。

 まるねこは、随分と感心していた。

 我が家は、ヒロシマ(あえてカタカナ表記)とは、余り遠くない事を、

 初めて実感したのだと思う。


 島薫先生。原爆の標的となった、島病院の院長である。

 世界中の人も、知ってほしい。

 標的は、原爆ドームではない事を。

 標的は、病院だった。動けない患者や、医師、看護婦、

 備蓄の薬品を抱えた、病院だったのだ。

 もし、ここが無事だったら、助かった人もいたかも知れないのに、

 戦争の狂気は、未知の威力を抱えた核爆弾を、

 あろう事か、病院の真上に落としたのだ。

 エノラ・ゲイの乗組員が、その事実を知っていた筈は無かろうから、

 これ以上は、それについて触れたくない。

 
 島院長は、早朝から、郊外へ往診に出掛けていたと言う。

 ただならぬ光と音、きのこ雲に驚き、市内へ駆け付けると、

 病院の辺りは火の海。とても近付けるものではない。

 回り回って、現在の基町高校まで、辿り着くと、

 校庭に、動員された女学生が大火傷で、衣服も焼かれて、

 素っ裸で、ごろごろと寝かされている。

 女学校の理事長も、されている方だから、若い女の子の、

 惨たらしい姿を見るに忍びず、壊れた家から、衣類を持ち出し、

 火傷に触れて痛かろうけど、と、着せて回ったという。

 そのうちに、兵隊らしい人が、

 「火傷の者に、水を飲ますな!!

  水を飲ますと、すぐに死ぬぞ!!水を飲ますな!!」

 と、叫びまくって、現れた。

 だが、医者である先生には、これほどの火傷では、到底助からぬ、と、

 思われる人々の、最後の懇願、「お水を下さい」を、

 見過ごす事はできなかった。

 兵隊らしき人が立ち去るのを、見越すと、転がっていた薬缶に、

 壊れた水道から噴出す水を受け、「水、水」と、苦しむ人々に、

 「ふた口だけですよ。」と、与えた回った。

 ひと口では、あんまりだろう、と、ふた口にした、と言う。

 皆、一口飲むと、「ああ美味しい。ありがとう、ありがとう。」と、

 繰り返しお礼を言う。只の水なのに、美味しいジュースでも、

 なんでもない、味の無い水を、「おいしい、おいしい」と、

 誰もが、のどをならして飲み、そして、亡くなった。

 何人の死に水を取ったか、わからない、と、先生は仰った。

 その中に、黒焦げの男性がいた。

 生きてるか死んでるか、分からなかった。

 「お水ですよ」と、声をかけ、口の辺りに薬缶の水を注ぐと、

 確かに飲み込むようだった。「もう一口」それも、どうにか喉へ入った。

 と、思った次の瞬間、その男性が、突然、むくりと起き上がった。

 島先生は、びっくりして後ずさった。正直、恐怖心がわいたと言う。

 だが、その人は、両手を合わせて、先生の事を拝んだのだ。

 先生は、恐ろしく思った事を、申し訳なく思い、薬缶を傍らに置き、

 自分も両手を合わせた。やがて、その人は横たわり、二巡目に、

 水の薬缶を持って来ると、亡くなっていたと言う。

  
 この話を、私は直接、島先生から聞いた。

 すでに、喉頭ガンで、肉声を失っていた先生は、

 食道発声法という、苦しい発声方法で、喉当てマイクを使って、話された。

 そして、その年に亡くなられた。私達は、戦中戦後を学校に尽くされた、

 理事長先生の迎えた、最後の入学生となってしまった。

 だが、私は、この高校を卒業できなかった。親の都合で転校したから。

 転校先は、ぬるま湯のような校風の学校だった。

 緊迫感がない。何故だろう・・・どこが違うのだろう・・・

 男子がいるからか。県立だからか。

 違う。転校前にあって、転校後になくなったもの。

 それは、「死」 だった。

 私達は、被爆二世の年代である。

 私の両親は被爆していないから、私は違うが、

 被爆者の親を持つ級友は、多かったに違いない。

 親が、いつ原爆症を発症するか、または、自分自身が、被爆二世として、

 ガンや白血病に襲われるか。前の女子高校には、そんな緊迫感が、
 
 確かにあった。誰も、口に出した事はない。

 だが、文芸部のかつての作文には、その恐怖を表したものもあった。

 (さあは文芸部員)

 長じて、占いなどするようになり、自分の運命を考えた。

 あのまま女子高校にいれば、質の高い教育を、受け続けられただろうが、

 自分が何を知り、何を感じたかを、自覚せぬままに終わったかも知れない。

 転校し、緊迫感の無い状態と比較する事で、初めて、私は、

 戦争を知らない世代ではあっても、戦争を語り継ぐ資格が、

 あることを自覚したのだ。

 だから、この話を、あえて、載せる。

 多分、読者は多くないだろうけど、少しずつでも広まるなら、

 それも、ありかと思う。だから、どうかこれを読んだ方、正確に広めて下さい。

 あの日、あの町の上空に、あってはならない、人工の太陽が、

 一瞬現れたことを。そこからは、本物の太陽と同じように、

 強烈な放射線が飛び出し、大勢の人々を傷つけた事を。

 そして、そのせいで起こった、たくさんの悲劇の内の、一つが、

 こんなお話であることを。

  どうか、よろしくお願い致します。


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Posted by さあちゃん at 14:08│Comments(4)無題
この記事へのコメント
さあちゃん、

やさしい言葉でこんなに感動的なお話が書けるんですね、
そして現実に起こったことには、かざる言葉の必要はないんですよね、
現実にその場にいたら 自分に何が
できたかわからないけど、、
原爆投下の目標が 病院だったとは
初めて知りました。
やはり、、という思いが頭をよぎります。以前、ご一緒したK女子大で
長い間教壇に立ち、その後も図書館長をされていた方が戦地で負傷して
ヒロシマの病院へ行かれ、妙に気分がよく散歩に出た瞬間にピカドンに
出会い同じ病室の多くの仲間と別離したそうです、ホントに似た話が沢山あって、それがすべて現実の話。

こうした事を忘れてはならない世代の一人として 微力ながら伝え続けたいですね、ありがとう、^_^;
よい記事を読ませてもらいました、
Posted by 風風 at 2013年08月09日 16:27
Dear 風さん
 無理矢理お誘いするようなコメント、お許し下さい。
なかなか、おいで下さる方、いらっしゃらなくて・・・
 実話なんです。でも、ネットで、面白半分、怖いもの見たさの、
ホラー物語みたいに流されてもいい、なんていう程度のお話じゃ、ないです。
 島病院は、原爆爆発の瞬間、蒸発して、消滅したそうです。
病院だけじゃなく、その辺り一体全てが・・・その灰は、黒い雨となって、
辛うじて命を拾った人々に降り注ぎました。
その雨だれは、原爆後、30年経っても、放射線を放ち、レントゲンフィルムを感光させました。
 事実を伝える事は、戦後生まれでも出来ると信じています。
少しでも広く、遠くへ。そして、少しでも多くの人へと。
Posted by さあちゃんさあちゃん at 2013年08月09日 22:07
コメント失礼いたします

原爆の生の記事、拝読させていただきました
実話ならではの、臨場感が伝わりました
とてもインパクトがありました
とてもやるせない気持ちになりました

なので。。

この記事はたまたま、ネットサーフィン(失礼!)で辿り着いたのですが、アメーバという、ブログに配信させていただきましたのでお許しいただきたく、ご報告かたがた、コメントさせていただきました!

これもなにかのご縁かと。

さあちゃんさんのブログ、これからも読ませてください
Posted by ちゃっぴい at 2013年08月11日 05:49
Dear ちゃっぴいさん
 お越し頂き、ありがとうございます。
アメーバブログに載せて頂いたとか・・・ありがとうございました。
滋賀咲くはローカルなので、載せても、いつもお越しの方ばかりになると、思っていたのですが、
書いて良かったです。
 普段は、ごらんの通り、オリジナルファンタジー小説の連載です。
 ・・・時々愚痴とか、お出かけの報告とかも・・・
小説、長いので、お読み頂くには心苦しいのですが、2011年1月15日開始ですので、
よろしければ、御笑読下さい。これからもよろしくお願い致します。


 
Posted by さあちゃんさあちゃん at 2013年08月11日 10:17
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