2011年12月27日
番外 恐怖のクリスマスについての愚痴









今年は、




詰まらない子供だった、さあは、


非クリスチャンを、いつも、


でも、そんな自分が、


だから、自分の子供達は、無理して、キリスト教の幼稚園に、入れたりした。
神様は、やっぱり本当に、何処かにいて、人が、どうしようもなくなった時、
或いは、この世にいられなくなった時、取り乱し、自暴自棄になって、
他人様に迷惑かけないように、心を支えて下さるのだと、幼いうちに、教わっておいて欲しかった。
さあの親達は、そういう、教育をしなかった。神様もサンタさんも、実在しないし、
死んだ人は、仏様になるけど、親族は、祀る事はするけど、支えとして縋る事はしない。
そういう風に、生活が、なっていた。私は、日常を嫌い、平凡さを憎み、逃避を望んだ。
寂しかったのだと思う。私を寂しくさせる、日々の流れが、大嫌いで、
そこに含まれる自分も、大嫌いだった。・・・私は8歳だった。

娘に、「サンタさんは、計算ドリルを、プレゼントしたりしないよ。」と、なじられた。
LD気味の娘に、為になるプレゼントと考え、そんな事をした時もあった。
つくづく、詰まらない人間だと、さあは、自分の事を思う。

パン屋にお勤めして、他人のクリスマスの為に働いて、時給を貰った。
しかも、翌朝分の材料が足りなくなって、夜、時給外労働で、食材店を探し回らされた。
それも、余り、苦にならない。悪魔に恩を売るのは、保身の為に、悪くないとしか、
感じられないから。クリスマスなのに、とは、考えない。

それにしても、一体誰が、クリスマスにピザを

お陰で、パン屋はピザ屋に大変身。死に物狂いの大忙し。全くもって恐怖の一日。



詰まらない愚痴に、お付き合い下さって、ありがとうございました。次回、1月15日をお楽しみに

Posted by さあちゃん at 14:20│Comments(0)
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