つまらない愚痴ですが・・・part 2
またまた、つまらない愚痴を一つ。
春休みが始まって、朝から子供達が来るようになった。
お昼ご飯は、家から持参か、教室契約の仕出し屋の弁当か。
仕出し弁当は、事前注文制である。
弁当持参のはずの子が、持ってこなかったとしても、
突然、用意してやることはできない。
あわてて、親に連絡を取る事になるのだが、
この度は、連絡がつかない事態が起こった。
聞けば、前夜から親の機嫌が悪く、迎えの車が付くや否や、
追い出すように、家を出されたと言う。
この子は、知的レベルは低くないので、
昼食を持たされていない事を、職員に自分から訴えてきた。
だが、親と連絡がつかない以上、教室側にできる事はない。
もしあるとすれば、保護責任者の不保護として、
児童相談所通告だけである。
子供に食事を与えない事が、判明した場合、
こういう措置になってしまうのだ。
ご近所ならば、おむすびの一つも提供して、
その場限りの話で終わるだろうが、行政が関わってくると、
現場の善意だけでは、話が済まない。
たかが小学生のお昼ごはん。でも、一度善意を見せると、
際限なく甘えてくる親が、後ろについてると分かっている為に、
この子に、善意で食を提供できないと言うのだ。
お腹を空かせている子供が、目の前にいる。
提供できる食べ物もある。でも、与えられない。
一度、こちらが善意で与えたら最後、この子は、
親に、食事を与えて貰えなくなる可能性がある。
だからといって、今、目の前で飢えを訴える子を、
どうするのか。
個人的意見を、無責任に吐いて良いなら、
こんな親からは、さっさと子供を引き離し、
設備のよい施設に子供を収容するべきだろうと思う。
そして、要支援児の子育てのために、親に支給されている、
様々な補助を、全部打ち切ってしまうべきだろう。
その方が、この子の為には、よい措置ではないかと思うのだ。
でも、できない。そこまで踏み込めない。
この子が、帰宅して、親に、
「お弁当を持たせて貰えなかったから、
お腹がすいて困った。」と、必死に訴える事で、
親が、しぶしぶ弁当を用意するようになるのを、待つしかない。
なにも、手作りの、凝った弁当である必要はない。
毎日ではないのだ。長休みの間だけである。
袋パンでも冷や飯のお結びでも、何でもいい。
それを、小学生の子供に、自分で訴えさせるしかない。
痩せて、年齢より小さい子の、細い指を見ると、
こんな事は、今初めてではないのだろうと思う。
そんな程度の意識レベルしかない親が、
無責任に、どんどん子供を産んで、育てきれずに、
要支援児にしてしまう事が、起こっている。
(この子の程度なら、昔なら、普通学級に入れてるだろう)
家で、勉強のフォローもせず、それどころか、
学校に、筆箱をカラで持たせる、と言う低意識。
なまじ可愛い筆箱だけに、鉛筆1本入ってない状態に、
唖然とする。
聞けば、鉛筆削り器すら、家にはないと言う。
(この子のウチだけではない。数件確認した)
この子がもし、世話のいい親のウチに生まれておれば、
多少勉強が苦手でも、普通の子だろうにと思うと、
不憫でならない。
子育て支援も、保育所増やせ問題も、重要な問題だ。
だが、子育て能力のない家庭に、無責任に、
子供を増やす話ばかりしてもらうと、困る。
保育士不足問題は、要支援児の増加問題も関わっている。
マンツーマンで付き添わなくてはならない、
要支援児が増えてきているのだ。
乱暴な言動、多動、極端な甘え、身勝手なふるまいなど、
発達障害として、一括りにされているが、
家庭での指導力の低下も、絶対に関わってる。
親だけが悪いのではないが、親のかかわり方が悪い場合も、
やっぱりあるのだ。
子供達の個人差は激しい。
出来の良い子は、多少、家庭環境がよくなくとも、
自力で頑張れるのだろうが、
多少、性格に偏りがある子が、育児能力のない親の元に、
生まれてしまったら、どうする事も出来ない。
連鎖するのは、「憎しみ」と「貧困」だけではない。
発達障害の連鎖が起こってしまうのだ。
どんなに、出来の良い生まれつきを持った子だって、
「他人の善意には、とことん甘えて、自分は極力努力せず
下さるものをすべて頂いて、テキトーに生きて行く。」
などと言う、とんでもない考えの大人に育てられたら、
普通には育たないだろう。
人の心には、甘えと怠けが住んでいる。
でも、それを武器に振りかざして、自分の子供を盾にして、
楽して生きようとする親も、確かに存在する。
そして、行政は、必死で頑張る親を、見捨てる手段として、
こういう親を盾に使うのだ。
行政から、貰う事ばかりを考える輩が多くて、
真面目な方に手が回りません、と。
もう、どうどうめぐり、いたちごっこ、
いや、そんなきれいごとではない、
無力な子供を質に取った、泥沼劇である。
この泥沼掃除を引き受けさせられているのが、
児童相談所、ただ一か所。これでは手が回らなくなる訳だ。
できれば、妊活・子育て省として、独立省が欲しいくらいである。
厚労省は、学校と勉強の問題だから、文科省に押し付けるだろうし、
文科省は、子育て・福祉問題だとして、厚労省に押し付けるだろうし。
でも、どちらの省にしても、様々な公衆衛生や医療問題と、
重力波や素粒子の研究と、学校に鉛筆を持たさない家庭の問題を、
同じ省で管轄するのは、無理だと思う。
要支援児学童たちは、両省の狭間に陥ってしまっている。
子どもの福祉は、つくづく、難しい。
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